映画『アリラン』キム・ギドク監督来日記者会見

※記事、写真、画像の無断転載を禁じます。
3年ぶりの映画界復帰を果たしたキム・ギドク監督の来日記者会見の模様!
◆ 記者会見概要
開催
2011年11月21日
会場
有楽町朝日ホール
出演
キム・ギドク監督
mixiチェック

究極のセルフ・ドキュメンタリー『アリラン』で3年ぶりの映画界復帰!
待っていてくれ、支えてくれた日本の皆さんに感謝。
監督が籠っていた小屋に、なんとオダギリジョーさん来訪。

こんばんは、キム・ギドクです。

出来れば、礼儀を守るためにも、個別で一人一人、インタビューをさせてもらいたいところですが、スケジュールの制約もあるものでこのような場となり申し訳ありません。

『アリラン』は、まさか映画祭で紹介されると思いもしなかった経緯で作られたものですが、このような形で紹介できることとなり、大変有難く思っています。

----『アリラン』の東京フィルメックスのオープニング上映でのチケットは3分で売り切れたそうです。上映では観客やマスコミから熱狂的に迎えられましたが、日本での初上映の感想はいかがですか?

最初、映画にしようという思いからではなく作り始めたものだったので、それがオープニングで上映していただくなんて、すばらしいですし、非常に感謝しています。

----『アリラン』を見て、命を削るように自分を撮影している監督を見て、心打たれました。映画の中で4発の発砲がありますが、何を意味していたのですか。3発は街中で、1発はご自身に放たれますが。

人々というのは、他者に対して、また国家、社会への不満を持っていたり、答えの見つからない問いかけがあると思います。生きている中でいろんな傷を追っているのです。

そのなかで人は、観念に抑圧されていると思うので、その抑圧からの解放、観念からの解放を表現したものです。

----この映画の中でひとり3役演じている。それ以外に影を登場させて、質問させています。なぜ、4番目の自分、影を登場させたのですか?

この映画の中には、いろいろなギドクが登場します。

まず髪をしばっている一人、ほどいている一人。それを見ている一人。

それは目に見えている物理的姿。影は別の位置づけです。魂かもしれないし、自分も知らない自分として、登場させました。

----カンヌでお会いした時、ファッションに驚いたのですが、いつくらいからこのファッションにしたのでしょうか? 以前はキャップとTシャツがトレードマークだったと思うのですが。

私は服を一着買うと、それを長く着る習慣があります。もともと服を買うのも好きではありません。今の服も、たまたま韓国の伝統的な服を扱う店の前を通りかかって買ったもの。理由はよくわからないけれど、今、私が着るべき服はこれかなと思っています。

質問の帽子も20年くらいかぶっていましたし。今の服とこの髪型を最近はずっと続けているので、いろんな場所で皆さんが似合うと言ってくださるので、とても気持ちよく着ています。

----オダギリジョーさん(前作「悲夢」主演)が監督の籠っている小屋に遊びに行ったと聞いたのですが、本当でしょうか? あの小屋に訪問者はいたのでしょうか。オダギリさんをカメラに収めたとも聞いています。

実は、オダギリジョーさんが、劇中のあの家に遊びにきたことがあったんですよ。これ秘密だったんですけれど、言っちゃいました。

沢山の人が訪れなくて、3人だけです。あるプロデューサーとオダギリさん、チョン・ソンイルさんというプロデューサーです。

オダギリさんも確かにカメラに収めたのですが、『アリラン』に関しては、やはり自分一人だけを出すべきだと思い、編集時点で削りました。いつか別の機会に披露できれば良いのですけれども。

----しばらく映画界から離れていたとのことで、自分を見つめ直して悟ったことはありますか?

気付いたことは沢山あります。

韓国で、理論的に分かってはいるが実践出来ないことがある、という言い方をよくします。それがまさに、この映画で描かれている生活、人間にとってミニマムな生活、原始的な生活です。私は今まであのような自然な生活をしたことがありませんでした。

そこで、何か悟ったとは思うが、それを言葉で説明するのは難しいですね。この『アリラン』を見ていただけると、その悟ったものが表現されていると思います。

----その原始的生活の中で、コーヒーへの異常なこだわりを感じたのですけれど。

(監督は「アリラン」の中でエスプレッソマシーンを手作りしています)

実は映画を撮れなかった3年間に、エスプレッソマシーンをよく作っていました。コーヒーが好きなのではなく、機械を作ってみたかったんです。

4台作ったのですが、その最新のものが映画に登場しています。考えてみると、映画の代わりにこのエスプレッソマシーンを作っていたので、自分の心が写っているのだと思います。

----『アリラン』が映画になるきっかけは?

『アリラン』で見ていただいたのは、全体で撮った分量の20分の1くらい。最初は自分の気持ちを告白しようと思って撮り始めたもので、皆さんに見ていただくものではありませんでした。第二、第三のギドクを登場させることで、第一の苦しんでいるギドクを理解しようとしました。影も出てきましたし、キラーも登場しました。

でもある日から、不思議な思いにとらわれ始めたんです。自分は一着ずつ服を脱いでいった感覚。服は脱いでいっているように、積もり積もった気持ちが表にあらわれていく気持ちがしました。

次第に映画の形式に考えが及ぶようになった。これは誰かが見ても退屈ではないかもしれない。そこからは、テクニカルな部分も考えるようになりました。

結果、ドキュメンタリーだったものが、ドラマかファンタジーか分からないようなものになったんです。

----編集のときに気を配ったことは?

これまで沢山の映画を撮ってきました。15本の映画をとり、2本の映画をプロデュースしてきましたが、今迄も編集にこだわったことはありません。編集に関しては、トリックなことはせずに淡々と作業をするのみです。

そして、『アリラン』に関しても以前の作品に関しても、何かに取り付かれたようにしてい出来上がった作品です。シナリオに描かれているわけではないのに、何かに導かれるようにして作った。あとから、これは本当に自分の作品だろうかと思うこともありました。今回もそうです。

今回はキャノンマーク2というカメラで撮りました。フラッシュも付いていないカメラです。まず、撮りたい場所にフォーカスを合わせるために、ペットボトルを置いたりして、そこに自分が移動して、しゃべったり泣いたりする。端からみていたら、おかしい人だと思ったでしょうね。

でもそういった作業は思った以上に複雑な作業で、本当に大変で面倒な作業です。雪道を歩いていくシーンでは、歩いた後に、急いで戻ってカメラを止めたり、ちょっと滑稽ですよね。幸いだったのは、住んでいたところに、あまり人がいなかったことです。そうでなければ、『アリラン』は存在しなかったと思います。

----毎日、シノプシスを作るのが日課だと仰っていましたが、この三年間もそうだったのでしょうか。そして、つくりためたシノプシスが今後、映画化されていくのでしょうか。

映画を撮っていない間も、ずっと書いていました。そしてエッセイも書いていました。お酒を飲んでいたので、その時の感情に任せて書いていました。

かなりの量なので、次の作品はそれらを使って作れるのではと思っています。

----お話をうかがっていて、やはり映画監督なのだと感じましたが、ご自身でもそう思われますか? 以前はフランスで絵をかいていたとも聞いていますが、絵は監督にとってどういうものでしょうか。

映画監督という仕事が天職かはわかりませんが、『アリラン』を撮って分かったことがある。自分を語るという苦痛の時間にも、テクニックを使おうとする。そこでやはり自分は映画監督なのだなと思いました。私は画家になれなかったので、映画監督になったのかなとも思います。

(突然、立ち上がって)

日本で初めてプロモーションの場をもらったのは、『魚と寝る女』でした。その後も、沢山の作品をもって日本を訪問したのですが、今回は久しぶりの来日で、一人一人の記者の方の顔をみて、皆さんが変わらず、私の作品を見て記事にしてくださって、本当に感謝しています。評論家の方の中には、長い期間、私を支持してきてくれた方々がいらっしゃいます。

私が制作部を雇えずにいた頃、ハピネットの鈴木(径男)さんが力になってくれて、『うつせみ』、『弓』、『絶対の愛』、『ブレス』という作品を撮ることが出来ました。今は会社を離れられたと聞いていますが、感謝の気持ちは変わりません。以前SPOにいた渡辺(祥恵)さんも、ずっと私の作品を紹介してバックアップしてきてくれました。

私は韓国の記者のインタビューを受けていない歴が、もうかなりの間続いています。理由はなかなか説明できないんですけれど…。

とにかく私が映画を作る上で、本当に沢山の方の支援を受けてきたということを、ここで御礼申し上げたかったのです。

<最後のメッセージ>

私は『アリラン』を作った後、扉を一つくぐり抜けた気持ちがしています。

今、映画産業が大企業化していると思います。韓国ではメジャーな会社を通さなければ上映出来ないという状況があります。日本も似た状況かと思います。

メジャーな会社が素晴らしい映画を作れば問題ないのですが、ハリウッドリメイクのような作品が多いように思います。大企業では基本、お金を稼がなくてはいけないという理論があるので、そういうことになるのだと思います。

でもそのような状況下では、90年代のイ・チャンドン監督、ホン・サンス監督、キム・ジウン監督、パク・チャヌク監督、ポン・ジュノ監督のような韓国ニューウェーブの監督たちは生まれてこなくなってしますのです。

行定勲監督と今回の来日でお会いしましたが、日本でも原作がある作品ばかりで、オリジナル作品の制作が難しくなっているとおっしゃっていました。世界的に同じ状況になっていて、とても残念。

映画は社会になんらかの影響を与えられるものだと私は今も信じています。今までお金ではなく、心、精神を込めて映画を作ってきました。韓国、日本、世界の監督が同じ気持ちを持ち続けて欲しいと願っています。ありがとうございました。

映画『アリラン』の紹介

関連記事

パク・ギウン(主演)×鬼才キム・ギドク …

脚本・製作総指揮:キム・ギドク ×主演:パク・ギウン!現代韓…

鬼才キム・ギドク監督作品!映画「メビウ…

不貞の夫。嫉妬に憑かれた妻。切り取られた息子。全ての欲望は…

キム・ギドク製作 映画「レッド・ファミ…

2013年、第26回東京国際映画祭を席巻、圧倒的な支持を得て観客…

福山雅治など登壇!『そして父になる』釜…

韓国の名匠、キム・ギドクの心も射抜く!福山雅治主演映画『そ…

2014/09/03 映画『レッド・ファミリー』×『DDマイル』第9回貸切試写会ご招待キャンペーン開催!